Q1. 長年、商品学研究に携ってこられた中で、印象的な出来事を3つ教えてください。
(この10問の中、Q1は、Q2からQ6までの回答内容である私の商品学研究における、理論と理論の学史、諸理論の実践課題、現在の商品学の現状と問題点、問題点解決の長期的な課題等に対する、現状の商品と商品学の最も基本的な概念規定や問題点の把握についての設問であると考えますので、私の現時点での商品学研究と関連させて回答したいと思います。)

 商品学は、具体的な「商品」について、他の学問と区別できる本質的な「商品」の認識概念と研究目的をもっているか。その際、目的を追求する理論とその方法論は、どのようなものか。
 この疑問に向き合った、私の最近の商品価値論の研究については、2009年6月21日、同志社大学で開催された、日本商品学会全国大会の共通論題「使用価値の探求―商品研究における温故知新」で講演した「商品・価値に統合される商品・使用価値と商品・通貨価値(通貨との交換価値)」
 -使用価値の始動原理“界動”の原理と商品・品質論の提案―
の講演資料(資料.全20頁はコピー可)をご参照ください。
 蛇足になりますが、私は、自然科学、とりわけ化学の研究、物質を対象とする学問を基礎的な素養としていましたので、研究当初から、商品学が追及する商品は、「商いの品」として、単なる物(もの)ではないと考え、大きな問題意識として持ってきました。
 商品学の本質的な認識対象は、どのように規定されているのでしょうか。
 「商品」という用語が用いられ始めたのは明治7年頃、『商品学』の用語は明治23年頃からとみています。それ以前は、交易や商いの対象としては「商用産物」(commercial product,「商いの品物」(articles of commerce)、さらに古くは、「物」(ware):用例;「鉄もの」(ironware);物の生活資源としての用途からみた「着物」、物の材料や加工方法からみた「絹織物」、「銀細工物」、さらに古くは、「本草」、『本草学』等々の用語が用いられ、物物交換や売買の対象でした。そして、その時代や社会の生活文化や技術、産業、経済の歴史を反映しながら、その用語の意味を変容させてきました。
 しかし、その変遷の中で、「商品」は、それらの用語が基本的に表現している普遍的な概念としては、人の活動の資源であり、同時に、自然や人の活動の産物であるということです。
 すなわち、その「商品」は、人の活動過程の社会的な分業に拠って、或る活動過程の産出・製品が異なる活動の投入・資源として、対価・通貨と交換される“もの”であると規定することができます。
 そこで、商品学は、その商品の何を抽象してその本質的な概念とし、それをどのように操作して、どのような方法で、何を追求しようとしているのか。また、その際の観察・研究対象はどのような事物事象か。等々の基本的な問題意識が、絶えず、私の、商品学理論や歴史、実践研究の問題意識となってきました。
 そして、私の商品学研究の問題意識を更に深め、解決の示唆を与えてくれた出来事を3つ挙げると次のようになります。

1.経済学的商品研究と商品学方法論との出会い
 私は、私の経歴で分かるように、1960年に、同志社大学の商学部で、商品学の研究に取り組み始めた最初の頃は、工学研究科の大学院での研究も兼務していました。
 そして、私が出会った最初の商品学書は、旧高商時代からの蔵書で、所謂「百科辞書的叙述商品学」、「商業経営技術論的商品学」、「鑑定論的商品学」『産業技術論的商品学』と呼ばれるもので、先の商品学方法論に対する私の疑問に答えてくれるものではありませんでした。
 こんな折、日本商品学会で、元国立横浜大学教授の河野五郎先生が主催され、毎年夏に、長野県の角間で開かれていた「商品学研究会」に参加させていただき、所謂、「経済学的商品学」に接する機会と関心を持つことが出来ました。これが、私の『商品学理論』の出発点になったと思います。
 その研究会で、私は、古典経済学、特に『資本論』における商品の概念規定とその「価値、価値形態論に出会いました。経済財の一形態である商品は、人の諸活動のうち、一資本の活動過程内の協業的分業と区別して、異なる資本間で生じる社会的総過程の社会的分業と社会的交換(市場交換)によって、商品が発生すること、商品価値が「使用価値」と「貨幣価値(交換価値)」で規定されること、また、資本論では、商品価値は、使用価値と交換価値が矛盾統一されたものであるとしながらも、経済学理論諸変数の中では、使用価値は、一定と措定し、これは商品学の研究課題であるとした上で、交換価値のみを経済学の本質的商品研究の認識対象としています。
 そこで、私は、商品学が追求すべき商品価値と商品の価値論を精密な理論として構築することが差し迫った課題だと考え、これを重要な問題意識として持つようになりました。つぎの著書も、この意識を増大させてくれました
 保田榮著「理論商品学概論」知進社、1935年
 橋本仁蔵、中村功、河野五郎、飯島義郎共著『品質基礎理論』税務経理協会、1965年

 <附記>○信州・角間での研究会では、河野五郎先生、中村功先生、橋本仁蔵先生、元一橋大学助教授浅岡博先生、元関東学院大学教授の石崎悦史先生等との出会いで、商品の「価値形態論」、「品質乖離論」、「価格、品質、需給量の3次元曲面」把握の画期的な考え方に触れることができました。
 
 ○ちなみに、ここ角間の福島屋旅館は、私のゼミ学習合宿の定宿でもありました。旅館三軒、店はタバコ屋一軒だけの静かな湯治場温泉地。午前に3時間勉強。午後の昼間はフリータイム、よく地獄谷へ遠足。夜3時間の勉強の後は寛容な旅館の女将さんの計らいで暗い夜道を往復1時間かけて湯田中まで出かけたものです。

2.柳川論文との出会いと商品学史への想い
 私が商品学史の重要性を意識し始めたのは、次の論文を書いた頃からでした。
 
  岩下正弘「商品学への二・三の考察」『同志社商学』第14巻第3・4号、1,963年
 
 そして、次の論文を書いた際に、引用文献として、柳川先生の二つの論文を参照させていきました。合わせ記載しておきます。
 
  岩下正弘「商品学の学史的考察」『同志社商学』第20巻第3・4号、1969年
柳川昇「商品学の発達―特にその所謂古典時代を中心にしてー」『東京帝國大学経済学論集』11-5、1941年
  柳川昇「商品学の発達―特にその二潮流の発生に関連してー」『東京帝國大学学術大観』法学部経済学部編、1942年
 
 柳川昇先生の論文は、戦前の多くの商品学書に記述された「商品学の沿革」の記述とは異なり、時代時代の歴史を反映した商品理論の歴史記述を希求しながらも、実際にはそれができないとみて、結局は,沿革史的に商品学の進展を論じています。私は、このような把握の仕方に疑問を抱き、この論文との出会いが、「商品学の理論と歴史」の研究に向き合う大きなきっかけを与えてくれました。
 そして、商品史や商品学史は、現在の商品の適切な在り方や諸商品理論の有効性を検証し、それらの理論の現在及び将来時点での応用・実践に対して、その有効性を確かめることが出来るものでなければならないという問題意識を強く持つようになりました。
 <附記>
  ○ このような問題意識に照らして、日本における商品学二潮流の主な対象著書とドイツ商品学史の参考文献としては、次の著書をあげることができます。

 上記柳川著の2論文に加え、ドイツ商品学史としては
  風巻義孝著『商品学の誕生―ディマシュキーからベックマンまでー』東洋経済新報社、1976年
 日本における商品学二潮流の主な対象著書としては
  小原亀太郎、小瀬伊俊著『商品鑑定』瞭文堂、1,922年
  小原亀太郎著「商品学の目的を論ず」『商業経済論叢』6巻、1927年
  上坂酉三著『商品学概論』早稲田泰文社,1926年、
  上坂酉三著「いわゆる「第三」商品学について」『商品研究』29号、1957年

   ○ 私は、この商品学史の問題意識を脳裏に置きながら、つぎの学会報告をしたことがあります。

  岩下正弘「商品・商品学における普遍性と特殊性―認識対象・方法論をめぐって」日本商品学会、第18回全国大会、1967年、5月

 この討論の際、所謂、商品学二潮流の、「商業(経営)技術論的商品学」と「産業(工業)技術論的、及び、鑑定技術論的論商品学」の特徴(しいて言えば社会科学的特徴と自然科学的特徴)を併せ持った「第三商品学」の考え方に対し、私が、それは「竹に木を接いだようなものだ」と反論したことがありました。当時、日本商品学会には、上坂先生も柳川先生も籍があり、特に、上坂先生は、当の学会に出席されていたことを後で知り、まだ浅学の私は冷や汗をかき、商品学史に対する問題意識を増大させたように思っています。

3.ドイツのケルン大学での在外研究とU.コッペルマン教授の「製品化論」との出会い
 私は、1974年9月から1975年4月まで、ケルン大学 社会経済学部 経営経済的商学研究所に留学し、U.コッペルマン教授の指導と「製品化論」について研究する機会を得ました。
 同教授は、経営経済ないしはマーケティングの観点から、プロデュクト・アンシュプリヘ(諸製品要請)分析、プロデュクト・ラィシュトュング(諸製品能力属性)の確定、プロデュクト・ゲシュタルツング(製品化)分析、確定された諸製品能力属性を充足させる諸製品化手段とその結合方法、開発された製品のプロデクト・フェァマルクトュング(製品市場化)、バーレン・ゲシュタルツング(商品化)、市場に供給された商品の供給適合化分析等の基本概念を系統的に用いて次の著書を出版しております。

  U.Koppelmann, Grundlagen des Produktmarketing,1978

そして、本書は、私の監訳による翻訳本、
  U.コッペルマン著、岩下正弘監訳、片岡寛・中村友保訳『製品化の理論と実際―新製品開発から市場導入までー』東洋経済新報社、1984年

として、大学院では教科書に、学部ゼミでは参考書に使用して頂きました。

<附記>○経営経済的商品研究所とA.クッェルニッヒ教授、スタッフ、図書館と研究施設
       東西ベルリンの壁高かった東ドイツ・ライプチッヒ商科大学とご自宅にG。グルンケ教授を
       訪ねて、「社会主義の商品学」についても見聞することができました
      ○ドイツ諸大学の商品学開講状況、履修要綱、著書・論文調査の旅も実施。
copyright(C) 2015 konomichikai All Rights Reserved